2025/3/9
2023/03/09
日々は燃えるように生きなければならぬ。などと戯れ言を吐く。
文章を書きたい。けれども、何を書くべきか定まらない。くだらぬ悩みである。何も考えず、思いついたことを書けばよいのである。たとえば、こんな日記。燃えるように生きることはたぶん私にとって文章を書くことだ。日記を書くのは面倒くさいが、日記を書いていないことは、自分にとってどうにも気持ちが悪い。けれども、機能は何もしなかったしなあ、といって、その面倒くささが勝つ。一日、そのモヤモヤを感じて生きる。きょうは日記の代わりに、以前、小説を読んで書いた素人批評を改稿し始めて、noteにあげる準備をする。適当に直して、適当に終らせる、だんだんとゴールがわからなくなってくる。何を書きたいんだったか。全体を俯瞰できなくなってくる。1回、印刷しなきゃダメだ、と思う。すると、やめる。続きはいつになることやら。
午後から、映画館にいって、『A Complete Unknown』を観た。
感想
***
音楽が流れていない時間がほとんどなく、音楽映画として楽しめたし、その合間や歌唱中の仕草や表情から、ディランやバエズの葛藤とステージの開放感みたいなものが伝わってきて劇としても素晴らしかった。
音楽映画はライブの一体感みたいなものを演奏だけでなく、観客の熱気や会場の空間性によって表現していて、それがスクリーンを通して観ている者にも伝播してくることによって興奮が伝わってくる。この作品は、ライブを再現することで、その混乱と熱狂を伝えてくれる。
よいディラン・バエズ入門になっているし、ディランやバエズを知らなくても、あるいはこの映画が彼らの人生に忠実であろうとなかろうと、登場人物たちの人間的な苦悩と成長みたいなものの道筋を楽しむことができると思う
* * *
それから、40分くらい歩いて移動し、同期の友人たちとの飲みへ。
中華を食べビールを2杯飲み、安居酒屋でハイボールを2L飲み、カラオケで5時間歌う。お金がなくなる。大酒を飲み、友人に彼が親しい女友達と友達以上恋人未満みたいな関係にあると聞いて、「テメエがどうしたいかだ!」などとくだを巻いて決断を迫り、カラオケでだれよりも声を出して歌い続け、眠くなってきた友人たちに「腹から声出せ!」とアジり続ける。それが燃えるように生きるということなのか。情けないことこの上ない。帰り道、自転車に乗ってきた友人と明るくなりかかった道を話しながら帰った。話をしていたはずだったが、道が下りにさしかかると、なぜか僕は走り出した。さらなるくだらぬ燃焼の意志であったのかもしれぬ。話すこともなく、下り道をただ自転車に併走した。友人はそこで右折していった。僕はさらに20分以上歩いて家に帰った。肝臓をフル稼働させ、腹筋と声帯を緊張させ続けながら歌唱し、疲弊した身体を疾駆して帰り道を走った。このエネルギーを向けるべきことはほかにある。燃焼せよ。まず、半遮光のカーテンを透して光が差し始めた部屋で、頭痛に苦しみながら眠りについた。
2025/03/08
オンラインの会社説明会だったはずが、寝坊。仕方あるまい。空き時間が増えたと思うことにする。メシを喰ってから学校に出かける。
しかし結局、シューカツとやらの雑用にかまけていると時間がなくなる。文献を読んでいる暇さえない。いや、その暇はあるはずだが、その気力がない。かまけている。なまけている。いまなにをすべきかを考え、それを遂行することから。
夜、家で、映画『コントロール』を観る。イアン・カーティスの伝記映画。酒を飲みながら観ようかと思った。アパートの1階なんかに、コンビニがあったりしていたらそこに買いにいっていたはずだ。でも大通りの信号を渡って、3分ほど歩かなければならないからやめた。そんなことで、私の財布と肝臓は守られている。割安だからといって、酒を買いだめしておいてはならぬ。飲まないのが一番安いのだから。
映画の感想
彼の自殺の理由はよくある話である、と言ってしまうことができる。父になり、ロックスターになってしまったこと、けれども持病がある。それは死に至る病である。恐ろしい不安… 彼の苦悩の切実さは措き、少なくともここで描かれている実存は、そのようなクリシェの域を出ない
けれども、彼の育った部屋、そして故郷の街の穏やかさと陰鬱さの表現は的確で見事だった。ライブシーンも見応えがあった。そして彼がメンバーの家で想いを巡らせるシーン。映画のストーリーや伝記的事実を超越して、印象的であり、暗示的で美しくまた恐ろしい場面であった。
ジョイ・ディヴィジョンを改めて聴きたい。それからイギー・ポップも
3月7日
朝、鍋の残りに、細切れ肉ともやしを入れ、さらに米を投入。卵とチーズも入れておじや。
昼は、映画館に行って、『ノー・アザー・ランド』を観る。
「命がけの友情」などという安い売り文句には疑問を感じるが、そんなことはもはやどうでもよい。記録し続けることのおぞましさというものがここにはある。カメラを向けることが唯一の抵抗なのだ、と彼らはいう。そして、カメラを向けているがゆえに、いっそう危険な目にもあう。
(『どうすればよかったか』を観たときにも感じたが、切迫したドキュメンタリーには有無を言わさぬ、いわんやレビューのスコアなどつけさせない、圧倒的な力がある。)
家がある日、軍用地になり、軍がやって来て、勝手に解体し、武装した入植者が付近に居住し始める。知識では知っていた。本によく書いてある。研究者やジャーナリストの講演会でもその不条理が強調される。しかし、住民が撮影した映像の喚起力は、そんなものではない。自分の知識の浅薄さと想像力の薄弱さを省みざるを得ない。いや、自省している場合ですらない。軍隊は我が物顔で、人々の土地を闊歩し、居丈高に罵声を上げ、暴力を行使する。入植者は、映画に出てくる野蛮な外敵のようななりをして、銃を乱雑に振り回している。彼らは平然と、いやムキになったのか、住民に発砲する。住民が銃撃されるシーンが二度もこの映画のなかにはある。
ユダヤ人のユヴァル、パレスチナ人のバーセル。その二人が中心人物だ。ユヴァルには、帰る場所がある。彼もまた、同胞から脅迫を受けているが、少なくとも移動の自由があり、生活の心配はない。いや、少なくとも現代にあって、移動の自由や生活権・生存権などというものは、自明のことであるはずだった。その点、あたかもユヴァルが特殊例であるかのようであるのは、奇妙なことである。しかし、いまパレスチナの人々が直面しているのは、そのような自由と安全が奇妙であるような日常である。
ユヴァルは、バーセルに必死に言葉をかける。――あと、10日たてば、状況は変わるはずだ。君は結婚したいか? 自由に生活できるようになったらなにをする? そうだ、君は法学を修めたのだから、弁護士になれば・・・ ――しかし、ことばは上滑りしていく。ユヴァルもまたそのことに気づいている。こうした言動を、ユヴァルのデリカシーのなさ、とか傲慢さだ、ということはできる。実際、映画を観ていると、彼が苛立たしい、都合のよい存在にしか思われないような場面が多々ある。けれども、われわれは生活の上で、ユヴァルの側に立っており、そして、彼とは比較にならないほど、パレスチナのこともユダヤ人のこともしらない。この都合のよさへの違和感をユヴァルの次に自分自身に向けねばならない。
白昼の街路に出て、町を歩き、地下鉄に乗った。購入したパンフレットを読みながら、映画のことを考えた。頭の片隅で、家のティッシュがなくなったことを思いだして、一駅前で降り、ドラッグストアで一番安い箱ティッシュを買った。「環境に配慮してるヤツなのかな」などと考え、裏を見たりするがよく調べもせず、それをアプリのクーポンで値引きして買った。こうやって日常にもどった。それもまた映画を観るという体験である。そして、こうやって、次の日に日記を書くことも。
図書館で予約してあったガザについての本は、まだ届いていない。
オンラインの会社説明会。頭に入らない。受けないかもしれない
夕食、豚こま、もやし、人参のいためもの。
夜から研究室に行って、就活の調べ物をしようと思ったけれど、どうにもやるきがでなかった。気分が落ち込んでいた。特に何をするでもなく、帰った。
2025/1/29
○日記
寝不足で夜行バスの中でもよく寝られたが、細切れの短時間睡眠ではまだ眠たい。バスを降り、地下鉄に乗り換え。PASMO(私はPASMOユーザーである。が、コンビニとかで使うときはめんどくさいので、「Suicaで!」、と言う)にチャージをしようとして、財布のなかにあった唯一の千円札を取り出すと、真ん中の折り目でちぎれかかっていた。その切れ目は真ん中まで達している。慎重を期して、券売機に入れるが、返却される。3回試してだめだったので、しかたない。コンビニで崩す。近くのファミマに行って、はて、何を買ったものか。通勤客が迷わずコーヒーとパンを手に取って会計を済ませていくなか、ぐずぐずと大荷物で居座ったあげく、選ばれたのはレトルトの「チーズインハンバーグ」。セルフレジが二台も完備されているなか、わざわざレジに出向き、いまにもちぎれそうな千円札を何食わぬ顔で置く。店員は手に取って、びろーんと「く」の字形に垂れ下がった千円札に怪訝な顔をしていたが、そこは早朝からシフトに入る熟練の店員。何ごともなかったかのようにおつりを手渡してくれる。これで、券売機の受け付けてくれる現金が手に入った。切れかかった千円札より、硬貨とチーズインハンバーグである。切符を買って帰宅。
久しぶりの家の布団で熟睡。むろん、2限に行けるはずもなかった。午後から、バイト。いや、その前に、チーズインハンバーグ。レンジで1分40秒。思ったより小さかったけれど、味はおいしかった。食パンもかじって出かけた。
2025/1/26
○1/26の出来事
1929/1/26 違星北斗、死去。1901年生まれ、28歳。
1948/1/26 帝銀事件。
2013/1/26 安岡章太郎、死去。1920年5月30日生まれ、92歳。
○日記
こんにちでは、改良と革命のあいだに万里の長城を設けるのは犯罪的である。権力を支えているのはもはや古典的な意味での力ではなく、むしろ左翼の脆さであり、より本質的には、資本と権力そのものが推し進めた社会の解体の進行が、権力の維持の条件となっているからである。力ではなく、力の見せかけがテロルとなるのだ。このテロルは人民を分裂させ、解体させる。〈われわれ〉が発見したのは、こうした状況の中で、革命への歩みは、〈自己〉解体への大胆さにおいて始まり、闘争=批判=改革の構造の中で進展し、いっそう大きな〈自己〉解体へと課題を深化させるという道筋をとるのだということだった。解体すべき〈自己〉とは、文化-内-存在としての〈自己〉であり、言い換えれば大学や商品交換や家(〈家族帝国主義〉)やその他もろもろの制度である*。
*「自己」にかんするこのような強調は、「自己」を「自意識」とのみ捉えるふやけた「自己否定」論者およびその直接的批判者にむけられている。同様にわれわれは、制度化された関係の敵対性としての差別の概念を「差別=秩序意識」という限定から救出したく思う
「ふやけた「自己否定」」に陥らぬこと。しかし、陥らないように、といってそれを批判する者もまた同じレベルで苦悶しているに過ぎない。自己とはもっと大きな関係のなかにあり、また自己はもっと卑小なものである。
友人に誘われ、犬カフェなるものに行ってみる。自分の昼飯よりも高価な、いぬ用のおやつを買い、なかへ。けものの香りがする。犬たちは、平然と床で排泄する。ほかの犬に対して、吠えかかり自分より小さな犬を追いかけ回して取っ組み合う。遊んでいるのか、何かを発散しているのか。スタッフたちは、ハイトーンな甘い声を出してそれを叱り、事後処理をする。えさを求めて、ミニチュアダックスフントは短い脚を懸命に折り曲げて反動をつけ、高くジャンプしようとする。カップルが多いのかと思いきや、ひとりできている人たちも多かった。日曜日、歌舞伎町の真ん中、その地下で、この獣臭さにまみれることの安心感のようなものがあるのだろうか。友人曰く、犬カフェは、マッチングアプリで出会った相手との初回デートに適しているという。なるほど。僕のような「ふやけた「自意識」」にまみれた人間をふるいにかけるには最適だ。こういう鬱屈と、「大衆からの孤立感」。その浅薄なロマンティシズムを笑ってやること。そして、獣くさい獣たちとともに、自らも獣になって遊んでやること、いや遊んでもらうこと。遊んでもらっているのだ。「ふやけた「自意識」」に浸れている時点で。しからば、もっと獣になって、なりふり構わず遊ぶがよい。隣のカップルなど気にすることなく。
2025/1/25
○1/25の出来事
1891/1/25 テオドルス・ファン・ゴッホ、死去。1857年5月1日生まれ、33歳。
1923/1/25 稲垣足穂『一千一秒物語』金星堂より刊行。
1939/1/25 平賀粛学。東京帝国大学総長・平賀譲が、河合榮治郎と土方成美に辞職勧告。
1960/1/25 三池炭鉱労働組合、全山無期限ストライキに突入。
1969/1/25 パリにて、北ベトナム、解放戦線、アメリカ、サイゴン政府による四者会談。休戦が話し合われたが、会談開始と同時に戦闘は激化。
1972/1/25 友部正人『大阪へやって来た』でデビュー。
1973/1/25 友部正人『にんじん』。
1980/1/25 プラスチックス『WELCOME PLASTICS』。
2024/1/25 神奈川県内に入院中の末期癌患者が、自らが、連続企業爆破事件で指名手配中の桐島聡であると話したと、警察に通報がなされ、警視庁公安部が身元特定作業を開始。
○日記
ふたたび、著しい停滞のなかに戻りつつある。
散漫な感覚でぼんやりと、時間をやり過ごす。
***
――金先生が私の手を握って言った。
「サㇽプリのサㇽは世俗の恨、プリはそれを解く。エジャ、ほら遠くに何かが見える。何かは解らないけれど確かに見える。それをみつめて踊るのです」
声が輪舞している。
年が明けた二月のある夜、オンドルの床からじんわりと部屋を包む暖気の中で、私は辺りを見回した。声がチャンダンにのって身体の周りを輪舞しているのだ。そう気づいたとたん喉が開き、下腹に力を入れると出ない出ないと思い込んでいた喉音が難なく出てきた。声に続いて声が出る。声がチャンダンに引き出されて次の声を待ちわびている。一緒に弾いている伽倻琴の音色も輪舞している。
私は白い蝶を見つめた。決して蝶から目をそらしはしない。蝶は翻えるたびに白い選を残した。それを追いながら私は歌い続けた。
***
2025/1/23
○1/23の出来事
1903/1/23 ホルヘ・エリエセル・ガイタン、ボゴタにて出生。
1954/1/23 世界初のカラーによるテレビ放送。アメリカNBCニューヨーク局による。
2002/1/23 ピエール・ブルデュー、死去。1930年8月1日生まれ、71歳。
○日記
わざわざ、ともに早起きし、朝食をともに取り、お茶まで入れてくれる。そして、犬の散歩も兼ねて駅前まで送ってもらった。ありがたいことだった。ここまででかけてきて、なんとか行動する姿勢を見せることで、ささやかな恩返しをしたつもりである。そして、それはこれからにかかっている。
飛行機に乗る。また、飛行場で誘導している係員の姿を目にした。来るときのことを思い出す。甘ったれているな、と思う。しかし、いまはここで甘ったれたまま戦うしかない。「私」に拘泥し続けていることの、みみっちさ。それでも。
潰れかかったペットボトルのコーヒーを飲みながら、本を読んだ。
すぐさま帰宅。すぐさまオンラインで、週一回の家庭教師の指導。うだうだと感傷に浸っている暇はないのだ。すぐに2件目。先週から1週間しか経っていないのに、何かとても長い時間が経ったような感覚がした。自分にしては、濃密な1週間を過ごし、がんばったらしい。だが、まだまだこれから。
スーパーで肉を買って、余っていた野菜とごたまぜにして炒めた大味の料理をこれまた1週間ぶりに食べた。